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秩父神社

今回は『秩父神社』へ参拝してきました。秩父神社は埼玉県秩父市に鎮座されます神社です。

数年前に参拝に訪れた時は、本殿改修事業が行われている最中でした。本殿には足場が組まれており、正面からの彫刻が見れないのは残念でした。

御祭神は八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)、知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)です。八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)は日本神話に登場する知恵の神様で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩戸隠れした際に、外へ出すための妙案を考え出した神様です。

手水舎は大鳥居を潜って境内に入って直ぐ左側にあります。秩父神社は左側通行なのかもしれません。

左側にの手水舎を過ぎて右側に神馬舎(しんめしゃ)と社務所(しゃむしょ)を過ぎると、神門への階段を登って御本殿へ向かいます。四柱の御祭神の知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)は秩父地方の開拓と発展の祖神です。

さらに四柱の御祭神の天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は『古事記』に登場する日本の最高神です。世界が初めて生まれた時の事とされる天地開闢(てんちかいびゃく)の際に高天原(たかまがはら)に最初に現れた神様です。

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は『日本書紀』には記述がないそうです。今回も無事にお参りに来れた事の、感謝の気持ちを伝えました✨

本殿改修工事の時には見れなかった、左甚五郎(ひだりじんごろう)作の『子宝子育ての虎』です。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は造化三神の一柱で、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)高御産巣日神(たかみむすひのかみ)神産巣日神(かみむすひのかみ)の三柱の神様が造化三神です。

そして四柱の御祭神の秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)は、昭和天皇の弟宮様です。秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)は昭和天皇(裕仁天皇)の弟であり大正天皇の第二皇子です。

大正天皇より「秩父宮」の称号を授けられ、秩父宮さまご自身も秩父の地を愛されたそうです。秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)が亡くなられた際、秩父の人々や神社側が「秩父の名を背負ってくださった宮様を、ぜひこの地でお守りし、共に歩みたい」と願った事から、合祀が行われました。

御本殿から左側へ進むと、伊勢の外宮にお祀りされる豊受大御神の『豊受大神宮(とようけだいじんぐう)』が鎮座されます。そのまま御本殿の真裏まで向かうと、左甚五郎(ひだりじんごろう)作の『北辰の梟(ほくしんのふくろう)』が迎えてくれます。

菱川師宣の描く有名な浮世絵「見返り美人」のように、体は正面のご本殿に向き、頭は正反対の真北を向いて昼夜を問わずご祭神をお守りしています。秩父神社のご祭神である妙見様(みょうけんさま)は北極星を中心とした北辰北斗の信仰であり、この梟の見ている方角に妙見様(みょうけんさま)が出現する事からも、ご祭神と特に縁りの深い瑞鳥(ずいちょう)であると考えられるそうです。

『北辰の梟(ほくしんのふくろう)』の正面北側には、『天神地祇社(てんじんちぎしゃ)』が鎮座されます。『天神地祇社(てんじんちぎしゃ)』は武蔵国成立以前に栄えた知知夫国(ちちぶのくに)の一之宮です。

『天神地祇社(てんじんちぎしゃ)』には全国の一之宮を中心として計75座の神々がお祀りされています。ご祭神である八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)が多くの神々の意見を纏められ、折々の聖断を下される神様として神話に語られている事などからお祀りされたと伝えられています。

そして御本殿の東側へ進むと『皇大神宮(こうたいじんぐう)』が鎮座されます。東門(ひがしもん)のそばにある『皇大神宮(こうたいじんぐう)』は、御本殿を中心にして『豊受大神宮(とようけだいじんぐう)』の対のような位置に鎮座されます。

『豊受大神宮(とようけだいじんぐう)』の御祭神は伊勢の外宮にお祀りされる豊受大御神(とようけおおみかみ)であり、日の神に仕える五穀豊穣の神さまです。『皇大神宮(こうたいじんぐう)』の御祭神は伊勢の内宮にお祀りされる天照大御神(あまてらすおおみかみ)であり、天皇の御祖先であり、日の神・日本の総氏神さまです。

そして御本殿の東側には左甚五郎(ひだりじんごろう)作の『つなぎの龍』を見る事ができます。秩父観音霊場札所十五番少林寺近くの天ヶ池に住みついた龍が暴れた際に、この彫り物の龍を鎖で繋ぎ止めて龍は現れなくなったという不思議な伝説があるそうです。

『秩父神社』は東京都府中市に鎮座されます武蔵国の総社『大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)』で武蔵国の四ノ宮として紹介されています。そして『秩父神社』を訪れる時に見える武甲山(ぶこうざん)がとても印象的です。武甲山(ぶこうざん)は、埼玉県秩父市と横瀬町にまたがる標高1304mの日本二百名山です。

大正時代からセメントの原料となる石灰岩の採掘が行われており、北面はピラミッドのような階段状の露天掘り跡が見られます。さらに日本武尊(やまとたけるのみこと)が武具を納めた伝説や、『秩父神社』の神体山としての歴史を持つそうです。

そして無事に帰宅できてブログに記録しています。この感謝の気持ちを伝える為に、またお礼に参ります✨